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毎年4月25日はオーストラリアの国民の祝日、アンザック・デイ(ANZAC DAY)です。アンザック・デイはオーストラリア人にとっては、とても大切な休日です、オーストラリア人でアンザック・デイの意味を知らない人はほとんどいないと思いますが、私たち日本人にはあまり馴染みのない言葉です。

 

ANZAC とは、第一次世界大戦中に編制されたオーストラリア・ニュージーランド連合軍(Australian and New Zealand Army Corps)の頭文字を取ったもので、1915年に、ANZACがトルコのガリポリ半島に上陸したことを記念して制定された国民の休日なのです。

 

なぜその上陸が国民の休日になるくらいすごいことだったのでしょうか?私の知っている限りでANZACのお話をしていきたいと思います。

 

1914年ドイツ帝国軍がロシア、フランスに次々と宣戦布告し、それに対してイギリスがドイツ帝国に宣戦布告をします。これが第一次世界大戦のはじまりです。その後ヨーロッパが主戦場になり世界各国を巻き込んでいきます。

 

オーストラリアは1901年に既にイギリスから独立していましたが、独立する前も他の植民地に比べ、イギリスに制圧されることもなく、どちらかというとイギリスから移民してきたことによる植民地だったので、当時のオーストラリア人はオーストラリアはイギリスの一部であるというように認識していた人がたくさんいたようです。もともとイギリス人ですから当然の事と言えば当然の事です。

 

イギリスのドイツ帝国に対する宣戦布告に対してオーストラリアの当時の首相が、「If the Old Country is at war, so are we」と宣言し、オーストラリアも第一次世界大戦にイギリス連邦軍の援軍として参戦することになったのです。

 

1915年4月25日、ANZACはイギリス兵、フランス兵と共にガリポリ半島に展開するトルコ軍戦線を攻撃するためトルコに上陸を果たしましたが、待ち構えていたトルコ軍の総攻撃に合い、イギリス連邦軍、フランス軍、ANZAC合計約3万3千人の戦死者を出し上陸作戦は大失敗に終わりました。

 

ダーダネルス海峡北岸のガリポリ半島の悲劇の戦いがあったからこそ、オーストラリアはイギリスからすべて面において独立を果たしたと言われています。イギリス人がオーストラリア人になり、本当の意味でオーストラリアという国家が誕生したという意味では建国記念日のような記念日かもしれません。

 

毎年このアンザック・デイは、トルコのガリポリ半島にANZACが上陸した時刻と同じ朝の4時5分から国の為に尽力した人々のために追悼パレードや式典がオーストラリア各地で行われています。

 

私はオーストラリアに住み始めて早20年になりますが、オーストラリア人は日本人に比べて国の歴史をとても大事にしている印象があります。

 

 

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